八町坂では定期的に合コン企画をオープン以来やっています。
これまで、通算10回くらい開催し、確認しているゴールインカップルは、3組です。
お盆休みに突入ー
仲間紹介~①アミノ酎のみなさん
スタップ紹介~①Kさん
西ドイツの思ひで。
43歳のときに書いたこと
氏 名:大山憲一郎(おおやま けんいちろう)
生年月日:昭和42年 1月 1日生(43歳)
現 住所:宮崎県東諸県郡国富町大字本庄 〒880-1101
電話/FAX0985-75-
- 略歴
( 学 歴 )
1982年 3月 宮崎県国富町立本庄中学校卒業
1985年 3月 宮崎県立宮崎大宮高等学校卒業
1985年 4月 東京農業大学農学部醸造学科入学
1990年 3月 東京農業大学農学部醸造学科卒業
( 職 歴 )
1990年 4月 西ドイツ・ラインファルツ州・ウングシュタイン村
ワイン協同組合にて1年間の研修
1991年 3月 ワイン協同組合にて1年間の研修終了
1991年 3月 大山食品株式会社入社
2004年 5月 日本酒・濁酒・米つくり修行のため一時退職
2006年 1月 大山食品株式会社復職後、代表取締役に就任
( 資 格 )
1985年 8月 普通自動車第1種免許取得
1991年10月 JAS認定工場品質管理担当者資格取得
2005年12月 農業者資格取得
2006年10月 酒類販売管理者資格取得
( 醸 造 経 験 )
1988年~1989年 神奈川県の食酢醸造所にて醸造研修
1990年~1991年 ブドウ作りとワイン醸造の研修
1993年~2003年 大山食品にて醸造酢・米酢の杜氏
2000年~2003年 地元の川越酒造場にて麹造り研修
2004年~2005年 大分県・米作り研修
愛媛県・松田酒造にて酒造り研修
2011年5月13日に書いたこと。
- 年代別人生表
業務 年代 |
大山食品(株) 食酢、こんにゃく、 農産加工品の製造と販売 |
(有)アヤサマー 農産物の生産 |
八町坂 食堂、宿の運営 豆腐、濁酒の製造 と販売 |
大山憲一郎 AB型 国富町在住 妻一人、娘5人 |
昭和5年(1930年) | 大山清創業 (玄米酢) |
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昭和30年(1955年) | こんにゃく製造開始 | |||
昭和42年(1967年) | 生まれる(1月1日) | |||
昭和47年(1972年) | 大山食品(株)設立 | |||
昭和48年(1973年) | 綾町に工場移転 | 6才 | ||
昭和55年(1980年) | JAS認定工場になる | |||
昭和58年(1983年) | 大山寿一社長就任 | 15才 | ||
平成2年(1990年) | 東京農大醸造学科卒業と同時に、西ドイツにてワイン醸造研修(1年間) | |||
平成3年(1991年) | 大山食品入社 24才 |
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平成7年(1995年) | 結婚(28才) | |||
平成12年(2000年) | 4/19設立 | 33才 | ||
平成13年(2001年) | 農産加工製造開始 | |||
平成14年(2002年) | 中小企業創造活動促進法に認定 | 通信販売開始 | ||
平成14年(2002年) | 大山哲郎社長就任 | |||
平成15年(2003年) | 有機JAS認定工場になる | |||
平成16年(2004年) | 米作り開始 | 大山食品退職(37才) 米作り酒造りの修行へ |
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平成18年(2006年) | 大山憲一郎 社長就任 |
大山食品へ復職 (39才) |
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平成19年(2007年) | 宮崎の頑張る中小企業表彰受ける | 農作物生産開始 | 3月 国富町がどぶろく特区の認定を受ける 12月8日仮オープン |
認定農業者になる 畑5反取得 |
平成20年(2008年) | ISO9001の導入 |
7月豆腐製造開始 8月8日本オープン 8月21日 どぶろく免許取得 9月どぶろく醸造開始 |
田2反取得 | |
平成21年(2009年) | アメーバ経営の導入 第1回黒酢まつり |
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鶏を飼う | 田2反取得 42才 |
平成22年(2010年) | 80周年 ヤマダイロゴを初代のロゴに戻す 通販開始 |
10周年 | やぎを飼う | 畑2反取得 田1反取得 43才 |
平成23年(2011年) | デザインのオールリニューアル | 農業法人化 |
経営革新認定 塩づくり開始 3周年を機に「ほけだけパークハウス」へ |
田2反取得 44才 |
平成42年(2030年) | 100周年 | 30周年 | 63才 | |
平成52年(2040年) | 40周年 | 73才 |
- どぶろく特区について
2003年11月に設けられた、地域経済の活性化を狙った、構造改革特区。市町村が、国に申請する特区で、①自分でお米を作ること(農業者であること)と、②自分で、どぶろくを提供する施設(民宿や食堂など)を営業していることの2つの特区要件がある。特区に認定され、税務署より、どぶろくの醸造免許(正確には、その他の雑酒の製造免許)を取得すると、通常の酒類製造免許では、最低醸造量が年間6kL(6000L:一升瓶で3326本)と決められているが、その制限は受けない。現在80~100件くらいの認定者がいると言われている。
- お酢と、日本酒と、どぶろくの製造方法と、その関連性
簡単に言うと、お米を麹菌で、糖化したものが、「あまざけ」です。それをさらに、酵母菌にてアルコール発酵したものが、「どぶろく」です。そして、どぶろくをろ過したものが「日本酒」です。「お酢」は、どぶろくまたは、日本酒を、酢酸菌にて、酢酸発酵したものです。
よって、
「あまざけ」は、お米のでんぷんを、麹菌により糖化した、甘い液体(一種類の微生物が関与)
「どぶろく」は、あまざけの糖分を、酵母菌によって、アルコール発酵させた、どろどろとしたアルコール飲料
(二種類の微生物が関与)
「日本酒」は、どぶろく状のアルコール飲料を、ろ紙などで、きれいにろ過した透明なアルコール飲料
(二種類の微生物が関与)
「お酢」:アルコールを、酢酸菌にて、酢酸を発生させた、基礎調味料(三種類の微生物が関与)
ということができます。
酒蔵が、お酢屋さんになる例は、ミツカン酢をはじめ、昔からあったという話しを聞きます。その逆は、おそらく無いのではないかと思います。昭和28年の酒税法がスタートして以降、新規での清酒の免許は出ていないといわれています。
- 本当に美味しいお酢は?
日本酒の酒粕から造る、酒かす酢が、お寿司用のお酢として、美味しいと感じてきました。
まろやかで、コクもあって、それでいて、さっぱりと爽やかで、軽やかで。
南九州は、焼酎文化圏ということもあって、10年くらい前から、良質の酒かすが手に入りづらくなってきています。
将来的には、お米をつくって、そのお米で、日本酒を醸造して、その酒かすから、酒かす酢を造るのが夢です。
- アメーバ経営の概念と、簡単な説明
簡単に言うと、組織を「アメーバ」と呼ばれる小集団に分けて独立採算することで、現場の社員ひとりひとりが採算を考え、自主的に経営に参加する「全員参加経営」を実現するということになります。
稲盛さんの著書『アメーバ経営』によると、アメーバ経営の目的が3つ書かれてあります。
・第一の目的 市場に直結した部門別採算制度の確立
・第二の目的 経営者意識を持つ人材の育成
・第三の目的 全員参加経営の実現
「JALの役員らは八百屋でも経営できないだろう」それはさながら人間失格ならぬ、「会社失格」宣告だった。3月17日、稲盛氏がJAL会長就任後初の会見で語った言葉だ。
「毎日 赤字を出しているのに、責任体制が明確になっていない。大学の経営工学のことは理解していても、商売人という感覚を持つ人があまりにも少ない。朝から市場 へ行って、いくらで売って、夕方に余ったものをどうするか、という八百屋のおばちゃんでも持っている感覚がない」話しぶりは柔らかだか、中身は 痛烈だ。隣に座った生え抜きの大西賢社長の顔はこわばったままだった。同日夜、内閣特別顧問でもある稲盛氏は束京・赤坂の日本料理店で鳩山由紀 夫首相や菅直人財務相らと会食した。関係者によると、その席でもJAL執行部について次のように話したという。「国内、国際線の路線別の採算、 月々の損益が届くのに2ヵ月はかかる。こんなに時間がかかったら、経営判断が瞬時にできない」ライバルの全日空(ANA)では、伊東信一郎社長 のもとに翌日に路線別収入が届けられているという。稲盛氏といえば、社内を少人数のチームに分けて収益や生産性を競わせる「アメーバ経営」で知られるが、会見でJALにアメーバ経営を導入するかを問われると、こう苦笑した。「まず、どの企業でもやっているような、当たり前に採算をとる やり方をやってみる。アメーバ経営のような高度な経営手法を適用するのは、あと2、3年は無理だろう」 週刊朝日 2010年3月9日 号から一部を転載
2015.6.4 8:20PMに書いたこと。
「究極的にシンプルな経営」指針
これから先、今日から先、今から先、究極的に
シンプルな経営をしようと思う。(決めた)
どうゆうことかと言うと、こうゆうことです。まず工場をFactoryとします。
原料もシンプルです。自分たちが、自信を持って育てた作物だけを原料とし、
それ以外の原料は使いません。つまり無農薬、無化学肥料、自然栽培、
天然栽培の原料のみを使います。配合もシンプル、配合も超シンプルです。
よけいなものは一切入れません。自分たちで作ったもの以外入れませんから。売り方もシンプル、自分たちの手だけで売ります。自分たちの手で、お客さまの手へおわたしします。
お金(いただくもの)も、直接、現金でいただきます。シンプルです。
環境もシンプル、作る環境も超シンプルにしていきます。工場も事務所も、どこもかしこも、
エッ!というくらいにシンプルです。何もないの?というくらいのシンプルさです。とにかくそいで、そいで、そいで、そいで、そしてまたそいで、そぎまくり、まだそぐのといわれるくらいそぎます。ラインナップもシンプル、え!っというくらいのラインナップです。生き方もシンプル、全てシンプル、・・・・・全て、全て、
ということを、とすることを、今2015、6、4 8:09PM決めました!! 大山憲一郎
「究極的にシンプルな経営」をするにあたっての
しないことリスト
○原料を自分たちで育てた、とってきたもの以外から調達しない
○他社さんよりのPB・OEMをしない(今日よりふやさない、新規はやめる)
○他社さまに売ってもらうこと、つまり卸しをやらない( 〃 、〃 )
○紙でやってきたことを全てPCでできるようにする
○もの、バショ、(人)をふやさない(人については、カッコつき)
○「究極的にシンプルな経営」指針をいつも見て、指針より
はずれていないか、日々、一秒一秒確認する。
○もしそれでダメなら、別の生き方をすることだと思う。
まったく違う 別の生き方を。 2015.6.4 8:20PM
2015年5月9日に書いた「僕の夢」
僕の夢
大山食品株式会社
代表取締役 大山憲一郎
僕の夢は、僕達の作る食べ物で、宮崎の人、九州の人、日本の人、世界の人が、健康に幸せに暮らせるようになることです。
その為に、次のような具体的な夢を持っています。
- 日本人の誇る基礎調味料である「さ・し・す・せ・そ」を原料から無農薬無化学肥料で栽培して、昔ながらの古式製法で作る。
- 塩を昔ながらの製法での自然海塩を造る。
- 日本酒を原料米から栽培した純米酒を造る。
※さ:さけ・みりん、し:塩、す:酢、せ:醤油、そ:味噌
人間は食べたもののおばけです。食べたものの結果が身体であり、その身体が健全で健康であることが幸せの第一歩です。そう考えると、これからの日本は、体の動く人は、動く限りなるだけ自給自足的な生活に立ち戻り、なるだけ自分の暮らす地域でとれた食べものを食べ、旬なもの、農薬や化学肥料を使わないものを食べることが理想です。それには、一番良いのは、自分で小さな畑などで(プランターでもいいので)、自分の手でつくることが大切だと思います。世の中がどのように変わろうと、米(玄米)と、塩(自然海塩)と野菜と、さ・し・す・せ・そと、海や川の近くの人は魚、山の近くの人は肉(とり、いのしし、しかなど)、そして、成人に人は、百薬の長(酒)があれば、十分、健康で幸せな人生を歩むことができると思います。
もう一つ、今回の人生でやってみたい、チャレンジしたいことがあります。それは、酒、酢、醤油、味噌などをつくってくれる主人公である微生物の無限の可能性を、もっと追求して探求していくことです。具体的には、微生物の持つポテンシャルを使って、農機具やトラクター・オートバイ・車・スポーツカーなどのメーカーを立ち上げることです。
微生物の有益な活動は、一般的に発酵とよばれ、ゆっくりと進むのが普通で、そのエネルギーの一つ一つは小さなものですが、そのエネルギーを何らかの仕組みで、つみかさねていく、又は、大きくしていくことができれば、動力源にもなりうると思います。
微生物の発酵エネルギーで動くトラクターで畑を耕し、農作物をつくり、その原料を使って、発酵を中心とした食べものをつくる。
そして、もう一つの夢は、循環をとりもどすという夢です。こちらも具体的には、人間の排泄物である便や尿は、微生物にとっては大切な食べもので、微生物により分解されて完熟させることで堆肥になり、畑にかえしてやることで昔では、循環させていましたが、現代は、水洗トイレ等の普及により、表向きは、分解されきれいになり川に流されています。
この大きくわけると3つの、全て微生物の活動で全てを循環させること、そしてそのことで全てがまわっていき、多くの人が幸せになること、そういう世界を夢見て、一つ一つ実現させていきたいと思っています。
人生の時間は限られています。僕は今、48才です。あと半分の50年を、この3つの夢の実現に全力で取り組んで行きます。そして2050年~2065年までには、たくさんの人が病気(身体や精神)から、開放され、幸せに、助け合いのある、気持ち良く暮らしていける世界が広がっていく、そんなイメージが実現していくと想っています。
そして、この世からあの世へ旅立つ日に、ほんとうに良い人生だったという想いと、かかわった方々への感謝の気持ちを胸にあの世へ旅立ちたいと思います。
微生物が大好きで、微生物に活動が大好きな、僕の今生のやくわりは、その微生物の声を聴き、微生物の活躍を手助けすることではないかと、微生物に関わる中で、その想いは強くなってきています。
微生物さん ありがとう。
微生物さん ばんざい!
No ファーメンテーション No Life!
微生物と共に、人類は生まれました。
これからも微生物と共に、行きてゆきます。
微生物さん お助けいただきまして、ありがとうございます。
2015年5月9日 初夏の日に